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東京高等裁判所 平成2年(行ス)14号 決定

当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり

横浜地方裁判所平成元年(行ク)第五号緊急命令申立事件について、同裁判所がした却下決定に対して抗告の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

二  抗告人は、原決定別紙救済命令記載のような救済命令(以下「本件救済命令」という。)を発し、同命令の主文第1項及び第2項について緊急命令を発することを求めているが、まず本件救済命令の適法性について疎明資料を検討すると、本件救済命令における抗告人の認定判断には特に問題とすべき点は認められない。

三  次いで、緊急命令の必要性について検討する。

1  抗告人は本件緊急命令の申立てにおいて、本件救済命令のうち、相手方が昭和六二年六月一二日付けでした厳重注意等の処分及び同年七月三日に支給した夏季手当減額の処分(以下「本件各処分」という。)に関する主文第1項及び第2項の命令の部分について緊急命令を発することを求めている。したがって、抗告人申立てに係る緊急命令の必要性の有無を判断するに当たっては、本件救済命令の主文第1項及び第2項の命令の内容を緊急かつ暫定的に実現することによって、補助参加人ら組合(以下一括して「参加人組合」という。)の組合活動一般に対する侵害を除去、是正して正常な集団的労使関係秩序を回復、確保することの必要性及び本件各処分を受けた原決定別紙組合員目録1(略)及び2(略)記載の組合員ら(以下「本件組合員ら」という。)の個人的救済の必要性の観点から検討する必要がある。

2  本件救済命令において不当労働行為とされているのは、本件組合員らが勤務時間中、組合バッジ(約一・三センチメートル四方の大きさでNRCの文字が記されたもので、以下「本件バッジ」という。)を着用したことに対してその取り外しを指導し、右着用を理由として本件各処分をするなどしたということであるが、右勤務時間中の本件バッジの着用は相手方の就業規則により禁止されているものであること、勤務時間中の本件バッジの着用に対して取り外しを指導し、本件各処分をしたということは参加人組合の組合活動の重要な部分にかかわる侵害であるとはいえないこと、本件救済命令の主文第1項及び第2項の内容とするところは昭和六二年六月及び七月の時点においてなされた本件各処分に基づく不利益ないし経済的損失の回復であり、右主文第2項において本件組合員らに対して支払いを命じられている金額は各自一万数千円ないし三万数千円というものであることからすれば、相手方と参加人組合との間の正常な集団的労使関係秩序を回復、確保するという点からしても、本件組合員らの個人的救済という点からしても、現時点において、本件救済命令の主文第1項及び第2項につきその内容を緊急に実現しなければならない必要性があるとは認められない。

抗告人は、本件各処分の後も本件バッジ着用に対する指導及び同種の処分が繰り返されており、本件組合員らの地位にも影響が生じていると主張するが、本件において緊急命令が申し立てられている本件救済命令の主文第1項及び第2項の内容は、相手方が昭和六二年六月及び七月の時点でした本件各処分に関する救済を行おうとするものに止まるものであるから、その後にも同様な指導及び処分が行われているとしても、そのことのために、現時点において本件各処分に関する本件救済命令の内容を即時に実現させるべき緊急の必要が生ずることになるとは認められない。

四  以上の次第であるから、本件緊急命令の申立てを却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 新城雅夫 裁判官 奥田隆文)

抗告状

抗告人(原審申立人) 神奈川県地方労働委員会

右代表者会長 秋田成就

右訴訟代理人 大村武雄

相手方(原審被申立人) 東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 住田正二

申立の趣旨

原決定を取消す。

相手方は、相手方を原告とし、原審申立人を被告とする横浜地方裁判所平成元年(行ウ)第一五号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、原審申立人が神労委昭和六二年(不)第一五号、同第一九号、同第二九号および神労委昭和六三年(不)第九号事件につき、平成元年五月一五日付をもって発した命令の主文第一項および第二項に従わなければならない。

本件手続費用は原審および抗告審を通じて、相手方の負担とする。

との決定を求める。

申立の理由

第一 原決定

横浜地方裁判所は、平成二年九月二一日原審申立人の緊急命令申立(平成元年行ク第五号)を却下する決定をなした。

第二 原決定の違法、不当性について

一 救済命令の維持可能性について

1 原決定は、本件救済命令の適法性については、「現時点においては重大な疑義があるとまでは認められない」と認定している。他方、緊急命令の必要性の判断にあたって、「必要性の審査においても、救済命令の維持可能性と具体的な侵害の程度・求められている緊急命令の内容の両面から検討する必要がある」とする見解をとっている。

「必要性の審査においても」との字句が、適法性の審査とともに、必要性の審査にあたってもという趣旨であるか、単に他の必要性の要因とともに考慮すべきであるとするのか論旨が不明である。

しかし、救済命令の維持可能性は、本来救済命令の適法性の一要因として審査するものであり、原決定が適法性について重大な疑義がないと認定したことは、維持可能性について疑義がないことを包含しているものと解すべきものである。司法研修所編、「救済命令等の取消訴訟の処理に関する研究」においても、維持可能性は、適法性の審査の項で論じられている(一六七頁以下)。

このように解すると、原決定が「現段階では…本件救済命令が適法とされる可能性を一概に否定することはできない」としているのは、矛盾しているといわざるをえない。

2 原決定は、救済命令の必要性審査において、何を根拠にして、いかなる理由によって、救済命令の維持可能性を必要性検討の対象としたか説明がなく、その論拠は薄弱であり、理由が不備である。

3 原決定は、「本件救済命令が違法とされる可能性を一概に否定することは出来ない」としている。その理由として「会社側の再三の警告、指導に対してもこれを着用し続けたことが認められるのであるから、現段階では、本件組合バッジの着用が正当性の認められない就業時間中の組合活動あるいは服装整正に関する就業規則違反行為に当たる可能性…本件救済命令が違法とされる可能性を、一概に否定することはできない」としている。

原決定が必要性の判断の冒頭で述べているように、救済命令は、参加人の組合バッジの勤務時間内着用が、会社就業規則二〇条、二三条に形式的には抵触することを認めたうえで、規則制定手続の問題点を指摘し、その実体、実質的意味を充分検討、吟味して判断したものである。即ち、バッジ着用は、組合所属の表象にすぎず、組合活動として闘争的、攻撃的なものではなく、組合組織の防衛的、自衛的なものである点、現場の職務遂行に支障を来していない点やその他の諸点を認めたうえで、取り外しの指導及び処分が、規律維持の目的を超え、組合バッジの着用を口実に、参加人組合の活動の規制、その弱体化を意図した不当労働行為であるとしたものである。

本件は、バッジ着用行為のみを切り離して判断すべきものではなく、参加人組合の行為の全体と、それとの関連において惹起された相手方会社の一連の継続的、連続的な具体的行為を総合的に考慮して適法性の一要因である維持可能性を検討すべきものである。

この点について、原決定は、一連の行為を捨象して、バッジ着用行為のみをとらえて維持可能性を論じているものであって、短絡にすぎるといわざるをえず違法、不当である。

二 団結権侵害の判断について

1 原決定は、必要性の審査にあたって、「救済命令の内容の緊急的・暫定的実現による組合の組織及びその組合活動一般に対する侵害の除去という観点を中心に必要性を検討する」とし、「具体的な侵害の程度」を検討する必要があるとしている。そのうえで「組合活動の本質的な部分とはいえない組合バッジの着用に対する制止、処分にすぎないもので、参加人組合の活動の本質的な部分に対する侵害とはいえない」として必要性を否定する論拠としている。

右の意味を善解すれば、とるに足りぬバッジ着用行為に対して、いたずらにめくじらを立てて、これを理由に組合に攻撃を加えたということになる。これを法律的に正しく解すれば、救済命令の「まとめ」に記載されているように、バッジ着用が国労組合員だけとなったことを奇貨として、国労に打撃を加えんがために行われたものと推認せざるを得ないものであって、このような不当労働行為意思からすれば、侵害の程度は参加人組合にとって大であるといわざるをえない。

三 組合員の救済の必要性、緊急性について

原決定は、組合員の不利益について「個々の組合員についてみればおおよそ一万五〇〇〇円ないし三万五〇〇〇円程度の夏季手当の減額分の返還と昭和六二年六月一二日の厳重注意、訓告処分がなかったものとして取り扱うことに止まる」として侵害が少ないと判断しているように解される。しかも処分が重罰化されている傾向にあり、昇進、昇格にまで影響が出始めている主張に対しては、救済命令主文第一項、第二項の有無に直接的にはかかわりないとして排斥した。これについては、参加人組合の主張、疎明(意見書(四)、〈証拠略〉)によって明らかなように、救済命令発令後も昭和六二年冬季手当から本年夏季手当にいたるまで、数回にわたってバッジ着用に対する制止・処分が繰り返され、昇進、昇格に影響が生じていることは、原決定も認めているようにうかがわれる。

このように、組合員個人の不利益は甚大である。一個の不当労働行為意思をもって、継続的、連続的に同種行為が繰り返されている場合においては、緊急命令決定時における事実関係に即し、全体的、総合的見地にたって判断しなければ、救済命令発令時よりも悪化している実体に即応した解決を導くことはできない。この点において、原決定は、事実を一局面に捨象して形式論理によって判断したものであって、組合員個人の救済の必要性、緊急性を無視したものであり、違法、不当である。

第三 結語

以上のとおり原決定の違法は明らかであるので、申立の趣旨記載のとおりの裁判を求めるため、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法四一〇条、同法六九条一項に基づき抗告する。

添付書類

訴訟委任状 一通

平成二年一〇月三〇日

右抗告人訴訟代理人弁護士 大村武雄

東京高等裁判所 御中

当事者目録

抗告人 神奈川県地方労働委員会

右代表者会長 秋田成就

右指定代理人 榎本勝則

抗告人補助参加人 国鉄労働組合

右代表者執行委員長 稲田芳朗

同 国鉄労働組合東京地方本部

右代表者執行委員長 佐藤智治

同 国鉄労働組合東京地方本部横浜支部

右代表者執行委員長 古関武三

同 国鉄労働組合東京地方本部国府津支部

右代表者執行委員長 實方克夫

右補助参加人四名代理人弁護士 田村正義

同 大橋堅固

同 宮里邦雄

同 渡辺正雄

同 岡田和樹

同 海渡雄一

外四四名

相手方 東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 住田正二

右代理人弁護士 西迪雄

同 中村勲

同 向井千杉

同 富田美栄子

同 秋山昭八

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